テムズ河の潮汐を眺めつつ -329ページ目

出版業界の車のセールスマン

先日前の会社の上司(=社長)の翔子さんに長いメールを送りました。2月の半ばにフリーランスの仕事をしにスタジをに行った時以来連絡していなかったので、私の家庭と仕事の近況を書いたのです。そして社長の巌さんが、最近正社員として採用された同僚の皐月さんの元勤め先に人柄、勤務状況の照会(これは至って普通、というかまともな会社なら履歴書の内容が本物である事も確認しつつ本人を直接知る人と話してみると思う。)だけではなくなんと給与明細の写しを送らせたという一件にも触れて置きました。

2、3日後にさっそく返事を貰いました。出だしに「大分長い間連絡くれなかったわよね~。」とチラッと嫌みを言われてしまったけど(ゴメンナサ~イ)、全体的には「新しい仕事が見つかって良かったわね、おめでとう、あなたの楽天的な態度と才能があれば、どこでも良い仕事ができるわよ。私の近況は新たに小さなスタジオスペースに移ったけど、まだ落ち着かなくて新しいパーソナライズされた本をデザインするという仕事にはなかなか手がつきません。」などと書いてありました。

給与明細の写し送付要求事件については思った通り「その社長さんがやった事はとても不適当だと思う。私からはあなたの給与明細の写しなんて入手させないから任せておいて。それにしても彼が私が話す気満々の時に電話かけ来たら大変よ!(説教してしまうかも、という事でしょう。)ま、心配しないで、彼が電話かけてきてもあなたに恥をかかせる様な事はしないから。」という心強い返事でした。

そして残りは『パッケジャー出版社』に対する不信感、恨みがいっぱい。テムズ河出版もパッケジャーです。「パッケジャー出版社は出版業界の車のセールスマンだ。」と断言していました。パッケジャー出版社は、自分で販路を持たないので、新しい本を企画してまずは表紙と見開き2ページほどの見本を作ります。それをブックフェアーなどで売り込み、販路を持つ出版社から注文を受けます。注文を受けてから実際に本の内容やデザインを完成させ、主に人件費の安い海外の工場で印刷してそれを注文主に納品します。そして本の制作実費に利益分を乗せた金額を注文主に払って貰う事によってお金を儲けるわけです。

私はパッケジャー出版社でも車のセールスマンでも他の会社や職業と変わらず不誠実で営利主義に走る所もあれば、誠実でそれでも、いやそれだからこそ大幅な利益を上げる所もあると思います。「出版業界の車のセールスマン(売り上げだけが重要って事ですね、きっと。本そのものの質とか読者の啓蒙には気を配らないという。)」という翔子さんの意見に気を悪くする方がいたらすみません。翔子さんははどうも彼等を毛嫌いしているようです。「そこで学べる事を学び、良い事だけ見習い、もう上司を尊敬できないと思ったらさっさと転職するのよ。」という忠告をくれました。

翔子さんのスタジオでは名の通った大手出版社数社からデザインの仕事を請け負っていました。自分1人で自宅でフリーランスとして働くのではなく、人を雇いながらスタジオを借りてビジネスをしている事に誇りを持っていました。単に言われた通りの仕事を機械の様にこなすのではなく、企画の内容にもデザインのプロの立場から意見を述べて質の向上を目指し、常に細部にも気を配りつつ仕事をしていました。過去3年ほどは大手出版社からの支払いが減って行ってもより良い仕事をすればそれを認めて貰い、もう少し報酬の良い仕事が来るのではと努力の毎日でしたが叶いませんでした。

経費削減のため、大手出版社は内部デザイン部門で全ての企画をするようになり、外部に出すのはそれをガイドラインに従って実行するだけの仕事です。新しい提案をする事などは期待されず、単に流れ作業で量をこなすだけの仕事ですから報酬も低く抑えられています。自宅で(スタジオの家賃を払わなくて良い)1人で(人に給料を払わなくて良い)働くフリーランサーならまだやっていけるでしょう。この出版業界全般の仕事の仕方の変化によって翔子さんのようなビジネスの居場所がなくなってしまい、彼女はビジネスの再考を余儀なくされ私が解雇されたという訳です。最後の方には一時パッケジャー出版社からも仕事を請けようとしたけどあまりの報酬の低さに断念した事があったようです。

それにしても、ありがたい暖かい翔子さんからのメールでした。テムズ河出版はパッケジャーだけど、今の所そんなに弱肉強食とかものすごいケチとかなりふり構わず、といった印象は受けていないのですが。けっこうのんびりというか、残業もないし。5時半が終業時間ですが、その10分前には受付の人が窓を全部閉めて鍵を掛け始めてしまうし、プリンターの電源もオフにしてしまいます。一平太さんにはお医者さんの予約などのための1時間程度の遅刻や早退は別に有給休暇(時間休暇)として申請しなくてよろしいと言われているし。

まあ、皐月さんの給与明細の写し送付要求事件はあったし、8月の終わりのフリーランス契約の終了でその後正社員として採用されるのか、その年収はいくら位になるのかによって私の意見もまた変わるのでしょう。最悪不採用になっても新しい経験と作品をポートフォリオに加えてまた就職活動というだけです。テムズ河出版で働く4ヵ月の間は翔子さんの言う通り「学べる事を学び、良い事だけ見習え。」という態度で精一杯自分の才能を証明できるように努力したいと思っています。

キャ~!って心の中で叫んでた

新勤務時間で働く第2日目。朝会社に到着するとドアに鍵がかかっており、「あ~私が一番乗りか~。」とそのまま解錠してドアを開けました。す、するととたんにアラームが、ピー、ピー、ピーと鳴り出しました。ガ、ガ~~~ン。最初は静かだけど、これ何とかして解除しないとどんどんうるさくなるのです。でも私はどうやってアラームを解除するのか知らない!「SECOMに間違いアラームです、警察に連絡しないで下さいって電話しなくちゃ。」と焦る気持ちを押さえつつ、壁についているアラームのセットと解除用の小さな白い箱の周辺に電話番号を探しました。すぐに間違いアラーム解除用の電話番号を見つけてさっそく連絡しましたが、もちろん予め取り決めてある特別な暗唱番号を答えられない限り何もして貰えません。「まずは暗証番号を知っている人に連絡してそれを確認してからまた連絡して下さい。」と言われて電話を切った頃にはアラームも最大音量になっていました。

受付の机の上を漁って社員の電話番号リストを見つけ、まずは一平太さんにかけようと思ったけど彼の携帯の番号は載っておらず、社長の巌さんのもなし。でももう1人の社長の輝明さんのは有りました!出てくれると良いけど、彼がいなかったら他の社員に片っ端から電話するしかない。さっそく輝明さんに電話したら運良く答えて貰えました。「鍵のセットに付いて来たチップをSECOMの箱の上にかざすんだよ。いずれにしても後2、3分で会社に着くから。」という事でした。貰った鍵のセットには確かに小指位の大きさの物体が付いていて、それは表通りから鉄の門扉を開けて敷地内に入る時と建物の共同玄関のドアを開けて中に入る時に指定の場所に接触させる事によって解錠するのに使っていました。なんだよ知らなかったよと思いつつその物体を指示通りにSECOMの箱の上に接触させてみましたがアラームは止まりませんでした。もう時間が経ち過ぎてしまったせいでしょうか。

仕方なく受付の机の端に腰掛けて大音量のアラームの中、輝明さんの到着を待ちました。輝明さんがもう1人の社長の巌さんと現れた時には本当に嬉しかった。輝明さんが鍵のセットの中の、番号がふってあるために私が単なる番号札だと思っていた、薄っぺらいプラスチックの札をSECOMの箱にしばらく接触させたら止まりましたよ~、アラームが。ハァー。2人に「誰から鍵のセットを受け取った?受け取った時にアラームの説明なかった?」と聞かれたので、「受付の夏那さんから受け取りましたが、アラームの説明はありませんでした。鍵の2つがオフィスのドアを開ける用で、小指位のこれは鉄の門扉と共同玄関のドアを開ける用と聞いただけで。肝心のこの黒い薄い札は単に鍵を管理するための番号札だと思っていました。」と答えました。きっと夏那さんは新入りの私が会社に最初に出社、または最後に退社する事など当分の間ないと思って説明しなかったのかな。

輝明さんがアラームをリセットしたりSECOMに間違いアラームだったと改めて知らせる電話などをし終わった所を見計らって2人の所に行き、「説明を受けていなかったとは言え、会社にアラームがセットしてある事位予想して、ドアに鍵がかかっているのを発見した時点でドアを開けずに他の社員の到着を待つべきでした。お手数おかけして申し訳ありませんでした。」と謝ると「良いんだよ、心配しなくて。きちんと説明していなかったこちらが悪かった。後でセキュリティー管理も担当している会計部長の信之介さんにアラームの使い方を教えて貰えるように手配するから。」という事でした。朝からぐったり気疲れしました。それにしても社長2人がもうすぐ出社というタイミングで良かった。私は8時40分に会社に近くまで来ましたが、あまり早いのもと思って8時55分まで時間つぶしてから行ったのも良かった。アラームが鳴り出してから止まるまで10分か15分程度で済みました。近隣のオフィス、個人住宅の皆様にもご迷惑をかけてしまいました。ごめんなさ~い。

熱気の中に座る社長と裸足族

この週末は気温が32度まで上がりようやく夏らしい陽気になりました。娘の香蓮もプール遊びが出来て大喜びでした。さて、今日、月曜日は先週お願いして許可を受けた新勤務時間で働く初日です。私の新始業時間は9時ですが、その5分前に職場に到着してドアを開くといきなりサウナの様な熱気に襲われました!週末からの好天気で閉め切った部屋の気温が急上昇していたのです。長い部屋の一番奥の机に既に社長の巌さんが居ました。驚いた事には彼はこの熱気の中、窓も開けずに居るのです。私が「おはようございます。」と挨拶をした所で彼が電話をかけだしたので何も会話はありませんでした。受付の机の引き出しから鍵を取り出して掃き出し窓を順番に開けながら、巌さんは一体どの位先に出社していたんだろうと考えていました。ちょうど一足先に来ていただけか、暑さを感じないのか、面倒くさがり屋さんのうちのどれなんでしょう。

会社の通常の始業時間は9時半です。たまに早めに9時15分位に会社に到着しても普段は既に結構出社している人達がいるのに、どういう訳か今日は9時20分過ぎまで誰も来ませんでした。その間にインターコムが鳴りましたが、まだ受付の人も出社していないので前に他の人がしていたのを思い出しつつ受話器を上げてボタンを押して入り口のロックを解除したり、「リサイクル用の紙を入れるゴミ箱が一階に下りてないんですけど、」と話す市の清掃員さんや、受付に飾るお花の配達の人の応対をしたりしました。私に続いてようやく出社した史彦さん絵奈さんがやはりあまりの暑さにショックを受けてしかも私と巌さんが2人とも窓を閉め切ったままでいると勘違いしているようだったので、掃き出し窓は開けましたよと伝えました。私はベランダと反対側の窓の開け方が分からなかったので空気の入れ替わりの速度が遅かったのです。やがて一平太さんやら他の人も次々に出社して全ての窓を開けて扇風機もかけたら大分涼しくなりました。私が開けられなかった窓に鍵は要らず、付属のボタンを押しつつハンドルを捻れば良いだけでした。な~んだ。

それにしても、です。地球温暖化のこの時代、いくら夏でも気温の低いイギリスとは言っても夏日の数は確実に増えているのになぜ新築のオフィスビルに冷房設備を付けないんでしょうか。午後ともなると棒アイスクリームを買って来て食べながら仕事をしている人もいます。そして裸足族もちらほら。そうなんです。前にちょっと気温が上がった日もそうだったけど、サンダルを履いて来た女性社員はサンダルを脱いでぺたぺたとカーペットの上を裸足で歩き回るのです。今日は一部の男性社員も靴を脱いで靴下で歩き回っているのを目撃しました。私も家から洗面器とバスタオルを用意して、足首まで洗面器の水に浸しつつ働こうかしらと夢想しつつ仕事をしていました。あまりの暑さに熱いお茶は飲む気になれず、ミネラルウォーターばかりコップ10杯位飲んでいました。

家庭と仕事

テムズ河出版で働き始めてもうすぐ丸2ヵ月です。この間娘の香蓮の私立保育園への送り迎えは全て夫がしていました。香蓮は朝9時から午後3時までは公立小学校付属の保育園で過ごし、朝の8時から9時、夕方は3時から6時まで近くの教会付属の私立保育園で預かって貰っています。私立保育園から公立保育園までは徒歩3分ですが、もちろん香蓮は一人歩きはせず私立保育園のスタッフに付き添って貰って登下校します。

朝に私立保育園まで連れて行くのは必要なら私も出来ますが、問題は夕方です。終業時間の5時半にダッシュで職場を出ても6時までに私立保育園に辿り着くのは不可能なのです。もし私が午前9時半から午後5時半ではなくて、9時5時で働けたらお迎えも可能になります。5時に退社できたら5時半過ぎにはいつも混んでいるバスも少しは空いているかも知れません。

という訳で前々から考えていた「就業時間変更願い」のメールを今日デザイン部長の一平太さんに出しました。メールではまず私が現在子供の保育園へのお迎えが一切出来ない事を書きました。そして就業時間変更が叶えられたら、私も夫も家庭での責任と職場での責任の両方を果たす事が可能になり、かつ私達どちらかが残業する必要が出た時も対応できるようになると説明しました。

一平太さんからすぐに返事が来て、彼は全然構わないけれど、一応社長の意見も聞いてみるという事でした。終業30分程前に一平太さんに会議室に呼ばれて、社長としても私が9時5時で働くのに異存はないけれど、なにしろそういう願いが出されたのは初めてで、一人前例が出ると次々と他の人も違う時間で働きたいと言い出して収集がつかなくなるかも知れないというのが心配だそうです。

でもだから変更は一切ダメ、というのではなくて、とりあえず私は来週の月曜日から2、3週間の予定で9時5時で働いて良いという許可がでました。その2、3週間の内に他の社員の意見や要望なども聞いて会社としてどういう方針を取るか決めたいのだそうです。それももっとも、フェアな対応だと思いました。そして向こうも、私が無理難題を持ちかけている訳ではない事(例えば7時3時で働きたいとか。)を十分理解してくれました。

プロダクション部長の嘉帆さんなどはブライトン(イギリス南海岸の街!)から片道1時間半かけて通勤しているのを私も知っています。だから誰もが始業を30分早くしたいとは思わないでしょう。9時半から5時をコアタイムにして人によって9時半5時半で働くか9時5時で働くか決められる様になったら良いなと思います。

コンピューターの修理を待つ間

私のコンピューター、先週調子が悪くなって、外部のメインテナンス会社の人に直して貰いました。あるフォント同士の不調和が原因だったようです。問題は全て解決されたのですが、その後なんと日本語の一部、漢字がなぜか正しく表示されなくなってしまったのです。まあ、本業に支障はなくて、昼休みの日本語ページのインターネットサーフィンの楽しみが奪われたというだけなので我慢していました。

しかし昨日編集部長の徹乃さんに頼まれて『数独』という日本のパズルの名前の由来を調べる事になり、「オペレーション・システムを再インストールすれば直るかな。」と思ってしたのですが状況は変わらず。追い打ちをかける様に午後にはページレイアウトのプログラムなどにも支障が出て来たので、一平太さんに相談してまた外部のメインテナンス会社の人に来て貰う事になりました。

メインテナンス会社の人が昼休み中に到着して私のコンピューターを直している間、私はかける椅子もなく、側に立っててもしょうがないので、皐月さんの隣の空いている机とコンピューターを使っていました。昼休み中の皐月さんは息子の海くんの写真を見せてくれました。まだ1才8ヵ月位なのに、とても大人びて大きく見えて驚きました。3歳児と間違われるそうです。前に里帰りしてマレーシアのクアラルンプールの街で買い物をしていて、見知らぬ人に話しかけられた海くんが何も答えられないでいたら、「もう大きいのに何でおしゃべりできないの?」言われて傷ついたそうです。

生まれたばかりの時の写真も見せてくれて、その中の彼女のお気に入りは画面一杯に海くんの目を瞑った顔と腕が写った写真です。新生児の顔って個人差や人種を超えて共通するものがありますよね。自分が子供を持つ前は新生児と会う機会などなかったので知らなかったけど。昔だったらただの「腫れぼったいお肉の固まり、ロースト用の鶏肉みたい。」に見えたはずの写真が本当にかわいく見えるのです。お互いの出産の様子の思い出話をしました。彼女は痛み止めは笑気ガスだけで産んだそうです。強いな~。

ついでに会計部長のブルネイ出身の信之介さんの奥さんはドイツ人で12才の娘さんと9才の息子さんがいるとか、プロダクション部門の嘉帆さんはもう年だから子供は作るつもりはないと言ってたとか、2人いる社長の内の1人、輝明さんが机の所に飾っている赤ちゃんの写真はお孫さんじゃなくて娘さんだとか教えてくれました。彼女は本当に詳しいな~。昼休みも終わってしばらくして私のコンピューターの修理が終わりました。日本語も正しく表示されるようになったし、不調だったプログラムも全て無事に復活して一安心。明日締め切りの仕事がいくつかあるからです。

通勤途中のゴシップ

朝少し遅刻気味の9時5分前にバス停に向かって歩いていると、ちょうどバスが来ているのに気がついて駆け出しました。幸いにも前のバスから間隔が空いていたらしく、バス停にはたくさんの乗客がいたので間に合いました。2階に上がると階段の側の席に皐月さんが座っているのを発見。私が駆け足で来るの見えたそうです。恥ずかしい・・・。私にとってはいつもより少し遅いくらいですが、普段は8時半過ぎのバスに乗ると言う皐月さんにとっては大分遅い時間です。そうじゃないかなと思っていた通り、バス停で10分以上待たされたそうです。

彼女は以前に、2ヵ月程かけてまず自分の実力を証明してから昇給願いを出すと言っていましたが、先日とうとう会計部長さんにお願いしたそうです。まだ返事は貰っていないそうですが、部長さんが言うには彼自身もたいした額を貰っていないと。部長レベルの人達は別にして年収500万円以上の人はあまりいないそうです。20代の人達ならともかく、30代の人達にとってはかなり低めの金額だと皐月さんは思うそうです。私も同感。やっぱり出版社だからでしょうか。同じデザインの仕事でも広告、雑誌、包装関係の方が時間が不規則だったり忙しかったりというマイナス点はありますがお給料は良いようです。

お金の話が出た所で皐月さんは、マレーシアに帰ると親戚のおばさま達に「ロンドンでは良いお給料貰っているんでしょう?で、いくらなの?」とズバリと聞かれてしまうとこぼしていました。若い人達はもっと気を使うけど、年配の人は例え初対面でも遠慮なしなんだそうです。私が、「正直に答えるの?」と聞くと、「いや、いつも生きて行くのに十分なだけは貰っています。」と言うって。それで私も「日本ではさすがに初対面の人に年収を尋ねる事はないけれど、学生時代のアルバイトの時には名前を聞かれるより先に年齢を聞かれることは良くあった。」と話しました。年上か年下か分からないと敬語を使うべきか否かが分からなくて居心地悪いから、と好意的にもとれるけどやっぱり結構失礼ですよね。

普段会社で皐月さんとおしゃべりする機会はないのでここぞとばかり、先日書いたお茶汲み問題についても彼女の意見を聞いてみました。彼女はどの範囲までお茶汲みをするか範囲を決めていて、それ以外の人には作ってあげないし、作りましょうかと誘われても頼まないそうです。「それで(お友達になった)あなたにさえも聞かないのよ、きりがないからね。」という事でした。なるほどね~、はっきりしているわ。そしてデザイン部門にいわゆる雑談がないという事も話してみました。皐月さんは前に一平太さんが「前の会社は誰も一切おしゃべりしなかった、一言も。」と言ったのを聞いた事があるそうです。彼女に「あなた、一平太さんの前の会社に就職してたら気が狂う所だったわね。」とからかわれてしまいました。

最後に一平太さんはその前の会社の習慣を引きずっているのか、元々そういう性質なのか分からないけど、本当に無口よね~、例えば第一日目にお子さんはいらしゃいますかと聞いた時も「いない。」の一言だけでぷっつり会話が途切れてしまった話をしました。私としてもちょうどその前にデザイナーの蒼哉さんの娘さんの話が出ていなかったらそんな立ち入った質問はしなかったんだけど、触れてはいけない話題だったのか、単に彼が会話を弾ませる事に興味がないだけか未だに謎なのと。皐月さんによると、「あ、それは一平太さんがゲイだからじゃない?」という事でした。別に本人から聞いた訳ではなく彼女の直感だそうです。

確かに彼はホワイトですが、かなり華奢な体つきなのです。東洋の男性ぽいというか、スピッツのボーカルの方とか、小沢健二さんぽい体型です。そして結構おしゃれ。アメリカの50年代っぽいのが好きなのか、ブルージーンズにTシャツ、赤ではなくて黒だけど、『理由なき反抗』のジェームス・ディーンのようなスゥイング・トップ風の上着に、先の尖った黒のブーツを履いています。髪型は、リーゼント風とまでは言えないけど、焦げ茶の直毛で長めの前髪は全部後ろに流してあり、横は整髪料でピタッとボリュームを抑えてあります。それにしても私は人の性癖を見分けるのは本当に下手なので分かりません。過去の観察から男性では平均よりかなりスラリとした、または逆にかなりマッチョな体型でこじゃれた格好をする人は同性愛傾向にありがち、とは思いますが、分かり易くくねくねしている人ならともかく私には判断しかねます。女性の場合はますます分かりません。周りに居る人の誰がゲイでもストレートどちらでも良いと思っているからますます識別力が身に付かないのでしょう。

通勤手段の選択

自宅からテムズ河出版までは直線距離では約3.2キロ位あります。今の所はバス一本で通勤しています。朝は割と頻繁にバスが来るのでうまく行くと自宅を出てから20分位で会社到着です。でもたまに10分かそれ以上バスが来ない時もあるので、朝は9時半始業ですが余裕を持って8時50分位に家を出ています。9時15分過ぎに到着すると、他にも既にかなりたくさんの人が出社しています。

さて、問題は夕方なのです。ただでさえ混雑しているのに、12分に1本で来るはずのバスの運行に遅れが出ると私の待つバス停に来る頃には満員になっていて通過されてしまうのです!交通渋滞も結構あります。終業時間の夕方5時半すぐ職場を出ても6時前に帰宅出来た事は数える程しかありません。大抵は6時15分位になります。

これが日本だったら何の迷いも無く自転車通勤する所です。服装もカジュアルな格好で大丈夫なので最適です。でも。イギリスで自転車に乗るにはとてつもない覚悟と根性が要るのです。まず、自転車は歩道は走れません。そして右折する時も自動車やバイクと一緒に右手でサインを出して曲がらなくてはなりません。自転車専用のレーンがある道路など滅多に無いです。

危険なのでヘルメットは必須、自分の存在を知らせる為に蛍光色の専用のベストを来ている人も多いです。自転車自体も、いわゆるママチャリは見かけません。競輪用のような、体を常に前傾させて流線型になって漕ぐタイプの物ばかりです。籠も付いてない場合がほとんどで皆さんリュックを愛用しているようです。幼児用シートを取り付けて子供乗せている人もめったにみかけません。

これまで2人、日本人のお友達が自転車通勤、通学に挑戦しましたがいずれも自転車の盗難に遭い続けたり、交通事故に遭ったりして自転車使用を断念していました。夫の透は家からテムズ河沿いの遊歩道を通って、会社の近くまで来たら自転車を下りて歩道を自転車押しながら歩けば良いんじゃないと言います。河沿い遊歩道は広いし、そう言えば自転車に乗っている人見かけた事が有ったかも。

でもやっぱり気が進まないので、今はマイクロスクーターに乗って通おうかなと思っています。あの、足で地面を蹴って進むやつです。スケボーの先端にハンドル付きの支柱が立っている様な感じです。あれならどうどうと歩道を走れます。スビードは大した事無いけれど歩くよりはずっと早いはずだし。

しか~し。マイクロスクーターが90年代終わりに登場したときは大人の乗り物だったのになんで今は小学生位の子供しか使っているのをみかけないのでしょうか。値段も最初は2、3万円もしたのに急速に5千円程に下がりました。今時マイクロスクーターに乗っている流行遅れの人とは見られのは恥ずかしいけど、逆に一旦流行ってくれたお陰で市場に出始めの頃の様な「これは一体何?」という注目は集めずに済みそうです。

最後の手段は徒歩ですが。実は働き始めて最初の週にバスが満員なために何台も通過して行ったり、バスに乗ってからも大渋滞の日が続いたので、一回徒歩で帰宅した事があります。45分かかりました。今のバス通勤の所要時間と同じです。健康のためにも帰りだけでも歩くのが一番なのかも知れません。帰り道なら夏で汗だくになっても大丈夫だし。でも毎日となると疲れそう~。

デザインの仕事の内容

仕事の内容が面白くて夢中になれる物でなかったら、同僚や上司、職場の設備、所在地、労働条件などの環境がどんなに良くても、会社に居る間は貴重な人生の時間を無駄使いになってしまいます。この点、テムズ河出版での仕事はあまり前衛的、実験的なデザインは求められていないので出来ませんが、全体的になかなか面白いので良かったです。

面接時にデザイン部長の一平太さんが既に出版されている本のカバーを見せてくれた時の感想は、「最悪ではないけど人を感激させるデザインとも言えない。向上の余地大いに有り。」でした。そして実際に働き始めて、古いデザインをそのまま踏襲しなければならない場合もありましたが、ほとんどの場合は古いデザインを刷新するというのが注文なのでやりがいがあります。同じ材料(写真やイラスト)を使っても私のタイポグラフィーと色使いとフォトショップ技術を活用してすっかり新鮮な表紙に生まれ変わらせられるからです。新しい本の表紙や中身の企画も次々に来て、かなり自由にデザインさせて貰えるので楽しいのです。

また、お隣のプロダクション部に置かれている最近デザインされた本の表紙の色校を見ても、他のデザイナーのモニターに映っている作成中のデザインを見てもかなり素敵なので安心しました。良いと思えるデザインの方向性が私と同じという証拠です。他のデザイナー、特に部長の一平太さんと目指している物の感覚が似ているというのは良い事です。働き易いです。

フォネティックコード

部長の一平太さんに、コービスというストックフォトグラフィーの会社に電話して写真を3枚購入するようにと指示されました。第一次世界大戦中に兵士などが書いた詩を集めたアンソロジーの表紙に使うのです。最初の表紙のスケッチはコービスに無料で送って貰った低解像度の写真を使って一平太さんが既に作成し、お客さんからのデザインの承認も受けてありました。今回は高解像度版の写真を購入し、それを使ってスケッチ通り表紙のデザインを再現して、さらにそれに合う背表紙と裏表紙のデザインをするのが私の仕事です。

私は未だに電話が苦手なのですが、コービスのテムズ河出版担当の女性はとてもハキハキと分かり易くしゃべってくれる人で良かったです。用件も特に込み入った物ではなくて単に「本の表紙用に高解像度の写真3枚買いたいのですが、参照番号はこれこれかくかくしかじかです。」というだけだったのです。それでも一枚見事に違うのが来ちゃいました。必要だったのは赤いポピー、戦場を一列になって歩いて行く兵士達のシルエット、そして白い十字の並ぶ戦没兵士達のお墓の写真だったのですが、最後の1枚、ビクトリア朝時代風のセミヌードに何やらコスチュームを着た男性の写真が代わりに来てしまいました。

コービスの写真の識別コードはアルファベットと数で構成されていて、数の部分は問題ないけどアルファベットの部分を正確に伝えるのが結構大変。例えばSとF、PとTなんかが間違われ易い代表例でしょうか。相手はアルファベットの部分を復唱する時にはS for Sugarなどと簡単で聞き間違えしにくい単語を使って確認します。フォネティックコード表がありますが、人によってはその表通りの単語を使うとは限らないんですよね。N for New Yorkとか言ったり。それでも今夜家に帰ったら標準フォネティックコードの一覧を見つけて勉強しようと思いました。下記の2バージョンが代表的です。日本語版もある見たいですね。朝日のあ、為替のか、などと。

A=Alpha, B=Bravo, C=Charlie, D=Delta, E=Echo, F=Foxtrot, G=Golf, H=Hotel, I=India, J=Juliet, K=Kilo, L=Lima, M=Mike, N=November, O=Oscar, P=Papa, Q=Quebec, R=Romeo, S=Sierra, T=Tango, U=Uniform, V=Victor, W=Whiskey, X=X-ray, Y=Yankee, Z=Zulu

A=Adam, B=Boy, C=Charles, D=David, E=Edward, F=Frank, G=George, H=Henry, I=Ida. J=John, K=King, L=Lincoln, M=Mary, N=Nora, O=Ocean, P=Paul, Q=Queen, R=Robert, S=Sam, T=Tom, U=Union, V=Victor, W=William, X=X-ray, Y=Yellow, Z=Zebra

お茶汲み

前にもちらっと触れましたが、私のいるデザイン部では誰も自分の飲み物を作りに行く時に周りの人に「一緒に用意しましょうか?」って聞かないんです。私もそれに習っていつも自分1人分だけ作っていました。声をかけようかなって思ってたけど結構勇気が要るのです。この会社は全ての部門が1つの大部屋の中にあるので、近所の編集部やプロダクション部では声を掛け合っているのは私の耳にも入ってきていました。

なぜか突然今週からプロダクション部の史彦さんが私にも「ティー?」と声をかけてくれる様になったのです。嬉し~い。私はデザイン部でも通路側、しかも史彦さんが台所に向かう時に目が合う向きに座っているせいでしょうか。お言葉に甘えて1杯作って貰ったら、その後彼は毎回聞いてくれるようになりました。彼はお茶が好きみたいで下手すると一日4、5杯飲んでいます。私も恩を返さなければと自分のお茶を入れる時にはまず他の3人のデザイナー、それから史彦さんを始めとするプロダクション部の人に声をかけて何回か作りました。

どこで声かけの線引きをするかがまた悩む所ですが。デザイナー達には声をかけ続けたけど昨日まで一度も、じゃ、よろしくと言われませんでした。却って毎回尋ねられて面倒かも、本当は欲しくないのに気を使わせて「はい。」と無理矢理言わせる様な事態になってもと考えて、夫の透に「・・・だから本人達にもうお茶のお誘いしない方が良いですかって確認しようかな。」と相談しました。彼は「そんなのこわざわざ確認するほうが気まずいから単に聞くのを止めるだけで良いよ。誘わなくなったからって怒る訳もないだろうし。」と。ここはイギリスなのでイギリス人の彼の意見を採用する事にしました。

こんなどうでも良い事が悩みなんて私は幸せだなと思いつつこれからお茶のお誘いは無理しない範囲で、たぶんプロダクション部と編集部の通路側に座っている人にだけ声をかけることにします。もちろん気が向いたら他の人も誘ってみますが。史彦さんは私と同じくラズベリーティーが好き、とかプロダクション部長の嘉帆さんと編集部長の徹乃さんは牛乳ではなく豆乳を入れて紅茶を飲むなどの小さな発見もありました。豆乳、不味そうだけど体に良いのかな。一度試してみようかな。